そもそもハンドボールの中東の笛とは?

1995年のアトランタ五輪ハンドボール男子予選で日本は疑惑の判定でシュートを打てず、バーレーンに敗れた。決勝では韓国の得点を認めないなど不公平な判定が疑惑となったが結局クウェートが五輪出場権を得た。
北京五輪ハンドボール男子アジア予選のクウェート−韓国ではヨルダンの審判員が笛を吹き、完全なシュートがオーバーステップなどの反則を取られ、退場者が相次いだ。
欧米の関係者からは将来的なオリンピックからのハンドボール競技の除外を懸念し、パリでの理事会において、アジア予選を無効とし、再度、東京でやり直すことを決定した。
アジアハンドボール連盟はこれに反発し、賛同地域に制裁を課すなどとした、脅迫をアジアハンドボール連盟加盟国に行った(日本ハンドボール協会は除名となった)。さらにはやり直し五輪予選のタイミングに合わせて緊急理事会開催など、妨害工作とも取れる行動を行っている。
「中東の笛」の名付け親は、ハンドボール専門誌「スポーツイベント ハンドボール」の野村彰洋編集長で、クウェートで行われたアトランタ五輪予選を取材した際に中東寄りの判定に疑惑を実感し、「中東の笛」と名付けた。

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良くがっばた日本ハンドボール男子の選手たち

結局日本は韓国相手に善戦しましたが25−28で惜しくも敗れてしまいました。日本は5月・6月の最終予選に持越しとなりましたが、試合は選手、審判共にフェアーで日韓両国のファンにとって気持ちの良い試合となりました。
結果的には日本は25−28(前半11−14)で敗れましたが序盤、末松(大同特殊鋼)らの活躍で会場を沸かすシーソーゲームを展開。20分すぎから相手エースの尹京信に得点を重ねられたが、GK坪根(湧永製薬)が好セーブを連発、接戦に持ち込んだ。29分にはエース宮崎(大崎電気)が得点するなど、3点差で前半を折り返した。後半も2点差に迫る場面もあり、逆転が期待されたが、結局韓国に逃げ切られました。
五輪出場のかかる大一番への関心や、アスリートが身体能力を競うテレビで活躍する宮崎の人気もあり、会場は8127人(午後8時現在)の観衆で埋まり、前売り券が発売後40分で完売し、急遽(きゅうきょ)用意された当日券550枚も、すぐに売り切れた程の人気でした。

ハンドボールの中東の笛に見るクウェートの風土とは。

憲法に基づき首長、国民議会、内閣の三者を中心とした統治形態が取られているが、首長が議会解散権や首相の任免権を持つなど、首長の権限が強化されているためこれも建国当初から有名無実化している。クウェートの経済は政府歳入の約8割を石油収入が占める石油依存国であり、その利権のほとんどはクウェート王族に握られています。日本にとっては、原油輸入国第5位で重要な供給国です。クウェートは人口約275万人(うちクウェート人は僅か95万人、他の多くは他国からの出稼ぎ)で、欧米との関係も重視する国です。
中東で盛んなスポーツはサッカーですが、クウェートではそれと並んでハンドボールが盛んです。

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Copyright © 2008 「中東の笛」の日本ハンドボールへの功罪